階段を登りはじめる前に、古地図、地質図により、周辺の地理を確認しよう。

まず、レイラック滋賀のホームスタジアムは、彦根城の北側のもともと琵琶湖だったところを埋め立てて作られてます。
彦根は中山道沿いの街ですが、八日市は中山道から外れてます。ただ、八風街道(はっぷうかいどう)と御代参街道(ごだいさんかいどう)の交わりに位置する交通の要衝だったようです。
太郎坊宮は、八日市の街の近くにあります。地質図ではピンク色で示された(中生代 後期白亜紀 カンパニアン期〜マーストリヒチアン期,デイサイト・流紋岩 大規模火砕流)に該当しています。
※ 中生代 後期白亜紀 カンパニアン期〜マーストリヒチアン期とは、8,000万年〜6,500万年前にあたり、ティラノサウルスとかいた時代らしい。
※ 大規模火砕流とは、高温のマグマの破片と火山灰が空気と入り交じって、高速で地表を流走する粉体流をいう。
※ マグマが火山から噴出し、急に冷えて固まった岩石を火山岩、マグマが地下の深いところでゆっくり冷えて固まった岩石を深成岩といいます。マグマはその主要な成分である二酸化ケイ素(SiO2)の量が少ないものから順に、火山岩では、玄武岩質マグマ(SiO2が45~52%)、安山岩質マグマ(SiO2が52~63%)、デイサイト質マグマ(SiO2が63~70%)、流紋岩質マグマ(SiO2が70~77%)に分けられます。
安土城跡も同じ地質の山に築かれていますね。近江八幡の街と安土の街を通る朝鮮人街道も見られます。
ここから、さらに話は大きくなります。
鈴鹿山麓から湖東平野まで広がる巨大な湖東カルデラ
階段を登っていくこととしよう。
大正時代のはじめ、太郎坊宮の参道には1,000基を超える鳥居が立ち並んでいたといわれます。

急傾斜の階段の左右にいろいろな建物が建てられています。

下界からの標高差が分かる。

恐らく古代の人々に畏敬の念を与えた流紋岩(夫婦岩)の隙間。この奥に本殿があります。
太郎坊宮の夫婦岩付近には随所に節理が見られ、破断節理や剪断節理も観察出来る。このことから、夫婦岩の割れは節理が大きく起因し、加えて地震等による地殻変動も関係しているものと推測できる。節理が発達してトア(岩塔)を形成したものが夫婦岩と言える。

しめ縄を掛け直していました。お疲れ様です。

正哉吾勝勝速日天忍穂耳大神―マサカアカツカチハヤヒアメノオシホミミノオオカミ―
太郎坊宮にお祀りする神様は、伊勢神宮の天照大神の第一皇子神(人間でいう長男)にあたります。
神様のお名前には「まさに勝った、私は勝った。朝日が昇るように鮮やかに、速やかに勝利を得た」という、勝利を象徴する意味が込められています。
そのお名前の通り、勝利と幸福を授ける神様として信仰されています。

いつものように、2026シーズンの愛媛FCの勝利と世界平和を祈っといた。


今回は、まだまだ続くのだ。