郡山駅からハイキング(ミニ)。
郡山市の起源は江戸期の奥州街道の宿場街で、明治時代に開削された安積疏水によって、仙台都市圏に次ぐ東北地方第2の規模を持つ郡山都市圏を形成するに至っています。
県庁所在地にならないのは、歴史が浅いせいなのかしら。
駅前の商店街。時間不足で確認できなかったが、寂れ気味のようだ。

郡山はバスケ推しの街だった。
福島ファイヤーボンズ

そして、薄皮饅頭で有名な柏屋さんもある。毎年4月に祭りがあるらしい。
まんじゅう祭り|柏屋

うすい百貨店とメインバンクの秋田銀行。なぜ、地元の東邦銀行ではないのか?

旧奥州街道から安積国造(あさかくにつこ)神社に延びる参道がヤバい。

神社は前日の夜に訪れたのだ。
よく分からんが、カエルの相撲。

いつもの如く、いわき戦の勝利と世界平和を祈っとく。なお、1-2。

旧奥州街道の枡形(道路をクランク状に曲げて外敵が侵入しにくい工夫)ぽい奴。

駅前の県道142号から北側の奥州街道をみる。


松山からも安積の開拓に尽力された方がいるとのこと。
『安積開拓入植者住宅(旧小山家)』は明治15年(1882)に松山から牛庭原(現・安積町牛庭地区)に移住した「愛媛松山開墾」十五戸の中の一戸で、当時の開拓者の代表的な住宅の形を今に残すものです。
いつか、時間を取って安積開拓(大槻原開墾事業着手1873年)、安積疏水(着工開始1879年)に関係した場所を巡りたいと思いました。
牛庭原は↓の地図の一番南にあります。久留米という地名は久留米の方が開拓したところ。
開成山(かいせいざん)公園あたりの区間が周りと異質なのは、ここが開拓の拠点だったから。
青色のラインが安積疏水、紫色のラインが新安積疏水。

そして、はじめての磐越東線(ばんえつとうせん)でいわきへ向かう。川前駅、小川郷駅での乗車が多かったです。

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諸々の事象とタイミング的に「山形、許すまじブーメラン」ということはないか?
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