駅からハイキング 久留米市②

梅林寺。久留米藩歴代藩主有馬家の菩提所です。

有馬家の霊屋(たまや)、死者の霊魂を祭ってある堂(5棟)が、国の重要文化財に指定されています。霊屋としては、伊達政宗の霊屋、瑞鳳殿が有名です。

補強の仕方が生々しい。修復のお金は出ないのかな?

かつての久留米城の縄張りを貫く「ブリヂストン通り」。久留米はブリヂストン企業城下町であり、工場が城跡に立地しています。

ブリヂストンの社名は、創業者である石橋正二郎の石橋が由来なのは有名な話しですが、石橋氏は、文化施設である石橋文化センターを市に寄贈したり、久留米大学医学部のキャンパスの敷地を提供してます。また、政治家の鳩山由紀夫は、彼の孫だったりする。

そういえば、JR久留米駅に着いて電車のドアが開いた瞬間の、ゴム臭と豚骨臭のミックス臭はかなり強烈でした。

本丸に建つ篠山神社

篠山神社 | 久留米城本丸址鎮座

藩難事件の後、久留米城は廃城となり建物は破却され、陸軍省管轄となりました。政府は民間払い下げを行い、日田の豪商が買い取って石垣の巨石を運び出すところまで計画されていましたが、実業家の緒方安平氏(実業家・石橋正二郎氏の祖父)が買い受けて阻止し、何とか城跡の形を留めることができました。

久留米の有志達は、この城跡が再び実益に基づいて利用されてしまうことを避けるために思案し、城郭になる以前から神聖な場所と崇められていた本丸址のこの丘は、神社こそあるべき姿と捉え、明治10年(1877)、二百五十年の藩政の中でもとりわけ名君の声高い初代(有馬)豊氏公、十代頼永公を御祭神として御霊社を建立しました。二年後の明治12年(1879)、県社に列せられ、その後七代頼徸よりゆき公、十一代頼咸よりしげ公、十四代頼寧よりやす公が祀られ、御祭神は五柱となり現在に至ります。

因みに、競馬の有馬記念は、有馬家の第15代当主、有馬頼寧に由来するのだ🏇

愛媛県人には聖地になりかねない、蜜柑丸。蜜柑が植えられていたらしい。

すぐ横には、久留米大学医学部と病院があります。城の縄張りを潰すなんて、歴史への敬意が欠けていると思ったのですが、地域を支える産業、医療という形で有効に活用されているのであれば、どこかの市の空き地として放置されているのよりかは良いのかなと考え直しました。

城跡だけあって眺めが良いです。筑後川を渡る九州新幹線を激写。

近くの沖食堂で、久留米ラーメンを食す。久留米駅での豚骨臭からコッテリ度が強いのかと思いきや、予想外に軽やかなスープでとても美味しかったです。

久留米の繁華街は、六ツ門町(むつもんまち)から西鉄久留米駅にかけてのようで、人口の割にかなり栄えてます。
1980年、久留米でチェッカーズが結成された。