目的は、福島市にある福島稲荷神社。かつて舟運で栄えた街に向かうにあたり、阿武隈川を遡ることは理にかなっていた。

途中、阿武隈川が削った狭い谷間を抜けて、50分ほどで福島駅に到着。福島交通飯坂線のホームも兼ねていた♨️

福島は↓の地図でオレンジ色の台地が阿武隈川に接する地域に形成された街。クランクした奥州街道が街を貫き、今の福島県庁のところに福島城があった。福島城のそばに阿武隈川の福島河岸があった。
福島稲荷神社は奥州街道沿いには立地していないが、奥州街道に繋がる参道があったのではないかと思われる。

旧市街の北端に位置する新町通り。飲み屋が多く見られる通り。

神社の北東角に幕末の長州藩士、世良修蔵の墓がありました。
戊辰戦争に関わるキーパーソンらしいです。

恐らく正規の入り口から(南から)鳥居をくぐります。

平面の敷地なのでゾクゾク度は低いですが、街中の社叢の緑がアクセントになっています。
いつもの如く、愛媛FCの勝利と世界平和を祈ります。(なお、藤枝に2-4

藤の花が綺麗。だが、写真に収めるのは難しいと知った。

奥州街道を南下する前に、福島県庁前の通りにある、大手門跡の碑を確認!前橋城同様、大きな河川に接した城の破壊具合は高くなるのだろうか?

道標が建っていた。福島の道の起点かな。

交通量の多い国道13号を横切る奥州街道はエスカレーター付きの地下道に導かれます。

奥州街道を東にそれると、阿武隈川の左岸に着きます。年貢米を船に載せ、仙台?江戸?まで運んだのでしょう。ロマン。

中町という名前から、かつての一等地だったのではないかという推測を証明するかの如く、旧日本銀行福島支店長役の邸宅が残されてます。
明治32年、東北初の日本銀行出張所(福島支店の前身)が開設され、東北と福島の経済に大きな役割を果たしてきました。昭和2年には、純和風建築の旧日本銀行福島支店長役宅が建てられました(戦前の日本銀行の役宅として現存するのは福島と新潟(昭和8年築)の2つだけであります)。
値段のはるウネウネガラスが良き。


いよいよ本日10時から「第19回 #阿武隈川春のサイクリング」が開催されます!
— 国土交通省 福島河川国道事務所 (@mlit_fukushima) April 26, 2025
風はやや強めですが快晴のサイクリング日和♪
現在は参加者の受け付けを行っています#御倉邸 米蔵では #流域治水パネル展 も開催しておりますので、サイクリングに参加されない方もぜひお立ち寄りください pic.twitter.com/UjI7o2Byf5