水戸ホーリーホック 水戸城からの笠原水源

水戸の街は、台地の上にある上町(うわまち)と、台地の東にある下町(したまち/しもまちとの記載もあり)から構成されてました。

上町の水戸城の縄張りにある、弘道館、大手門、薬医門を巡り、笠原水源を見てきた。ブラタモリに倣う感じ。

舌状台地の城下町といえば、磐城平城もそうでした。ただ、街道を台地の下に通したこともあり、街の中心は台地の上ではなく、台地の下に形成されたことが、水戸との違いですね。

いわき市平城が凄い!

まずは弘道館

弘道館

弘道館(こうどうかん)は、水戸藩第9代藩主徳川斉昭が、天保12年(1841年)に開設した日本最大規模の藩校です。
最後の将軍徳川慶喜は、幼少期に弘道館で学び、大政奉還後ここで謹慎生活をおくりました。
幾度の戦火を免れた正門、正庁、至善堂は国の重要文化財に指定されています。

期間限定で正門から入ります。門柱には幕末の戦乱の銃弾の跡が残ってます。

中庭の梅は満開でした。

水戸城ってこんな城

弘道館のある三の丸とその西にある二の丸の間の堀と土塁。県道232号が通ってます。金沢城も堀を埋めた道路があった気がしてきた。

復元された大手門。デカい。

復元された二の丸角櫓。ここまで来るのかなり歩く。

二の丸とその西にある本丸の間にある堀と土塁。ここは水郡線の線路が通ってます。

水戸京成百貨店近くの裏道。エモい。

笠原水源を見に行く。千波湖があるから水には困らないのではと思ったのだが、水は入手できても飲水に使えるものではなかったらしい。

笠原水源の背後は、水源の機能を守るため、今でも国有林に指定されています。

明治期の国有林野事業について:林野庁

我が国最初の国有林施業案は明治27年(1894)水戸小林区笠原外9官林318haで編成され、その後、明治32年(1899)に開始された国有林野特別経営事業により、同年に制定された施業案編成規程に基づき、全国の国有林について一斉に編成が進みました。

台地の標高は30m、水源地付近の標高は12m。約20mの標高差を結ぶ急坂です。

台地の途中で地層(上から、①関東ローム層、②砂層・礫層、③凝灰質泥岩=不透水層)が変わり、③の表面から水が滲み出てるらしい。
水源地付近は親水公園になってます。

↓のような管路にて水戸の下町まで水を引き込んだらしい。この管路も凝灰質泥岩を利用しているとのこと。城南の旧水部の標高が低いため、南の台地の際を通す必要がありそうだ。

詳しい資料を見つけてしまった。

出発点です。

たくさんのポリタンクに水を汲む人がいました。

逆川と桜川の合流地点。水戸っぽい景色と思った。

水戸駅に到着です。お疲れ様でした。

地図に反映出来なかったが、水戸市には路面電車が走っていたらしい。

水戸市内を走っていた路面電車