y.s.c.c.横浜が戦勝祈願を行うのは本牧神社です。
y.s.c.c.横浜は、本牧を拠点にしています。本牧は横浜市の南に位置していますが、鉄道や地下鉄の駅はなく、陸の孤島とも呼ばれています。
本牧って昔はどんな感じだった?(前編)
本牧って昔はどんな感じだった?(後編)
↓本牧の臨海部は全て埋め立てられています。三溪園がメジャーな観光地です。三溪園は日本庭園を中心に日本各地にあった貴重な建築物を移設しまくった公園ですな。
横浜 三溪園 - Yokohama Sankeien Garden -

先の大戦において、横浜は大空襲の惨禍により市街の多くが焼け野原となりました。更にこの本牧地区は、終戦直後の昭和21年から、二十三万坪に及ぶ進駐軍の強制接収に遭い、以来、平成5年までの47年間、当神社も往古の境内地を失って本牧町二丁目への仮遷座を余儀なくされ、多くの氏子共々、苦難の時期を過ごしてきました。
米軍の接収が解除とともに、返還地域一帯は横浜市による区画整理事業が行われ、その結果、当神社の境内地は従前の「本牧十二天」ではなく、現在の「本牧和田」に換地されることとなりました。 こうして50年近くの長い間、仮遷座を忍ばれながら氏子とともに苦楽を共にされた大神様の御神恩に感謝の誠を捧げるべく、氏子崇敬者の浄財を募って御造営されたのが現在の御社殿です。まさに本牧神社の戦後の歩みは「ハマの戦後復興史」そのものと云えましょう。



本牧神社の裏も公園になっていて気持ちの良い遊歩道が設けられています。

犬を散歩させてる人が多いです。ドッグランがあるとのこと。

街の方に降りていくと、遊歩道からシームレスに商業施設に到着しました。イオン本牧店です。y.s.横浜のイラストやポスターが貼られていますが、一昔前の空気の中、時計が壊れたままになっていたり、少し残念な感じです。



本牧神社がもとあった「本牧十二天」に向かいます。歩道橋から見えるこんもり緑の森がその場所です。

ちょっとした一画に本牧神社に関する説明パネルが設けられてました。全体的に少し残念。

埋め立て前は海からこの崖を見上げていたのだろう。防災のため表面は固められていますが、中身は多分こんな↓感じのはず。
地質観察旅行記:三渓園付近の海食崖|松井

試合に向かう途中で、y.s.横浜の事務所を見つけたり、海員生協や横浜のあられ(美濃屋あられ)に立ち寄ったりしました。

↑横浜のあられ4種のセット(横濱ビア柿、横浜ナポリタン、横濱塩ダレ、スモークピー柿)
